信じられない事態が起こりました。
スマトラ沖地震での津波被災地の現場を経験した者として、まず大事なのは生き残っている被災者を励まし、勇気づけることだと確信しています。
すべての皆さんが被災地にいる人を励まさなければなりません。
スマトラの時は絶望が引き金となって精神的にも肉体的にも健康を害した人がたくさんいらっしゃいましたし、その結果被災者キャンプでいのちを落とされた方もいらっしゃいました。
拙著を読んでいただいた以外の方には想像しにくいかもしれませんが、被災地に長くいるとだんだん頭が正常に働かなくなってきます。かなり努力しなければポジティブである状態をキープできなくなってくるのです。私もそうでした。
被災地での精神状態が想像しにくい方のために当時のこのブログのバックナンバーを以下に引用します。当時は守秘義務があって詳しいことを書けず、忙しくて短文しかかけなかったにもかかわらず、私がおかしくなっていく様子がはっきりとわかります。
エアコンの利いた広いホテルの部屋、移動の専用車、不自由ない食事などをちゃんと与えられていたにもかかわらずこの状態です。
形はいろいろあるとは思いますが、どうか、出来る限りみんなで生き残った被災者を励ましましょう。私もやります。よろしくお願いいたします。
1日目
午前中南部に行っている友人から電話があって、大丈夫でしたから心配しないで下さいと言われる、何なのかワケが分からなかったので説明を受ける。大津波らしい。家にはテレビもラジオもないからわからないのだ。他にも連絡があったので夜忘年会から戻って来ていろいろ調べる。でいろいろやることが増えて徹夜。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041226
2日目
新聞を買う。タイラット七バーツ。英字新聞ネイションも買う。二十バーツ。その値段差にびっくり。でも朝日や読売はきっと七十バーツくらいすると思う。で、事務所に行って三回ほどネットに繋ぎ情報収集。主に地震の情報収集。で、その合間に仕事。なぜかいつもより進む。そうしてようやく事の重大さに気づく。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041227
3日目
世話になっているお友達から電話があり仕事手伝ってと言われポーディーパーニット社仕事納めの今日ウドム・テーパーニットの許可を得て仕事を休みほとんど寝ずそのまま拉致られるように仕事を手伝いはじめ朝から夜まで働く。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041228
4日目
あのね気がつくとね。ここ四日間百時間中位のね、九時間以下なの睡眠時間が。でも、仕事途切れずにあってほとんど眠くなんなくてガンガン仕事してるの。やることいっぱいあるの。でね、今日なんてね四時間寝てね朝四時起きでそのまま仕事でごはん食べたのが午後二時とかそんな感じだけどすごく元気なの僕。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041229
5日目
仕事中いきなりデンマーク人に、タイ国内全土の皆さんにすごく感謝しているありがとうと伝えてくれ、と言われたのでここに書いておきますです。誰か訳したタイ語コメントを書き込んでくれないかなあ。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041230
6日目
今朝七時だよ。昨日はよく寝たよ。これから仕事だよ。ごはんもいっぱい食べてるよ。(中略)タイ時間二十三時だよ。たくさんご馳走になったよ。今日は早く眠れるよ。でも元旦からさらに出張だよ。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20041231
7日目
皆様ハバナイス賀正。現在午前七時四十四分。ぐっすり眠って元旦朝から仕事です。せっかくなので初詣に行くのだと思うことにします。(中略)初詣終わって戻って会議して夜十一時頃寝ました。明日は朝七時出発の予定ですがどこの仕事なのかはまだ。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050101
8日目
一日お手伝い。あまり成果は得られず。多分あんまり成果は得られず。でもこれがいずれ成果になるかもしれないこともあり得るかも、って感じ。でもこの仕事自体の延長が決定。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050102
9日目
これまでにないほどたくさん寝て朝。で、これまでにないほど臭い仕事をして早めに戻ると、夜いきなり仕事の流れで歌詞翻訳の仕事が入る。まさかこの仕事中に文芸翻訳の仕事をするとは。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050103
10日目
ここ三日間仕事上で外しまくっていたため、朝六時から仕事するが外しまくっていたためかいろいろと仕事の期間的にゆらめきはじめる。その後世界的有名人と十メートルの距離に接し、更にその後復旧の兆しを肌で感じたりする。そしたらそのうち仕事の期間も復旧しはじめたりしたような気が。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050104
11日目
何かに恨みを晴らすかのように食いまくり。多分太った。で、今日も朝から仕事行ってきまーす。で、最初の仕事でベルトちぎれる。確実に太った。その後車で留守番。夕方蝋燭集会。明日からの残留正式決定。食事後身体の調整。午前一時頃戻って爆睡。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050105
12日目
夢も見ず目が覚め引き継ぎもよくわからないまま夕方からご主人様が新しい人になる予定。で、夜。新しいご主人様とお食事。テンションが全然違うので臨機応変に対応せねばと思った。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050106
13日目
今日はまた臭い仕事でした。子供と話したりしました。それで夜、ようやく新しいご主人様達のシステムというのがわかってきた次第です。まあでも目の前の仕事を確実にお手伝いすることが大事なので本来そこまでわたくしが考える必要はないんだけどね。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050107
14日目
今日もまた臭い現場です。そこで立入禁止のところに侵入して怒られる。ちゃんと上を通して下さいと言われたので上を通していうことをきいたらちゃんと対応してもらえた。上の方で便宜を図ってくれたお姉さんに惚れそうになった。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050108
15日目
夜ご主人様と戻って来てふと気づいてみると、去年12月27日から一日最低10時間以上休み無しで働いてることに気づいた。もしかしてテンション高くなりすぎていろんな人に顰蹙を買っているかもしれないとまあそれでも気を緩めることなく誠意を持って人に対してゆきたいと思った。あちなみに身体は元気です。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050109
16日目
靴擦れが治ったので今日も元気に仕事してきまーす。で、今日は遠くで仕事だったのに、はじめてと言っていいほど日没前に宿に戻れました。ところで今日、仕事先で寄った幼稚園で、ギターもっと練習してから弾けと保母さんに叱られた。おっしゃるとおり。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050110
17日目
今日はホテルから離れた現場で一泊する予定。で昼から大学で女子大生女子高生にまみれた後、夕方からお泊まり。住宅建設の音が夜遅くまで響いてたにも関わらず爆睡。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050111
18日目
宿泊先で朝食ご馳走になり迎えの来るまで午前中に宿泊先から出て昼頃ホテルに戻る。でホテルに戻って、ここ何日かのデータを整理する。整理する量が多かったのに十九分くらいで終了し、それを渡してデータの製作協力してたら夜になり食事して戻る。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050112
19日目
今日は朝早めに仕事出発でーす。いってきまーす。で、戻って参りました。いい結果は出ませんでした。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050113
20日目
こんなに毎日何紙も何局も読んだり見たりしたのは十年ぶりくらいかも。で、なんか仕事上迷惑かけた皆様に御挨拶できて嬉しかったです。便宜を図ってくれたお姉さまにもお礼が言えました。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050114
21日目
今日は比較的近場でのお仕事。で夜、明日で仕事終了決定。途端にバンコクに戻っての仕事の事に頭が移行するが、明日の仕事まできっちりやらねばです。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050115
22日目
さて最終日です。いってきまーす。でもバンコクに戻るのは三日後くらい。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050116
23日目
いろいろ心の差し障りがあったので黙ってましたが昨年12月の28日から昨日まで、プーケット近郊すなわち津波被災地で働いてました。詳しいことは今後メールマガジンで。ちなみに20日発行のダコ161号に現地レポートみたいなものが載る予定です。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050117
24日目
昨夜のコンサートと抗議集会の余韻を噛みしめながら被災者キャンプ村のテントで目覚める。お世話になった方々にお礼を言って村をあとにし、海洋民族の島を目指す。往復で家賃半分ほどの船代だったがどうしても行かなければならないと思ったので迷わず乗り津波で潰れた家屋修復用の屋根と共に三時間揺られる。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050118
25日目
昨夜長老と酒を飲みながらなぜこの島二百人ほどの住民が家屋を全て潰されたにもかかわらず死者が一人も出ていないか良く理解でき、その余韻を噛みしめながら空きテントで目覚める。朝から津波被害の実状を見て回ったあと、また船に乗って対岸に戻り夕方、バンコク行きのバスに乗り込む。自分の身体が臭い。
http://d.hatena.ne.jp/whitestoner/20050119